新憲法草案注解  第十三条 Ⅲ

 第十三条Ⅱで書いたことであるが、個人の基本的人権を国家権力から守るというのが、近代憲法の基本精神である。これがいわゆる立憲主義である。

 この立憲主義という言葉を使って言えば、今回の新憲法草案は、立憲主義と平和主義から脱却を目指したものだと言えよう。安倍晋三総理大臣の、「戦後レジュームからの脱却」というのは、「立憲主義と平和主義から脱却して、美しい国日本へ」ということであろう。この「立憲主義の否定」ということは、憲法の改正要件のところにも出ている。

 現行憲法の97条では、衆議院でも参議院でも三分の二以上の賛成がなければ、憲法改正の発議ができないのであるが、それを過半数でできるようにしようとしているのは、憲法の重みを認めようとしないもので、これも立憲主義を軽んじている現われであろう。13条は現行憲法の要と言えるようなところであるから、詳しい論述が必要かもしれないが、我々の取り組んでいるのは、自民党の案なのであるから、その問題点を指摘するにとどめよう。あるべき憲法の提案はここではしない。個人的には、現行憲法の1条から8条までの第1章 天皇 のところを削除したら一番いいと思う。しかし、大方の日本人はそこまで進もうとはしていない。日本人の思想的弱点はここにあると思われ、徹底した思想が生まれないのも一つにはここに原因があるであろう。
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# by reodaisuki1s | 2007-08-27 17:06  

新憲法草案注解  第十三条 Ⅱ

 前回、入力してからだいぶ日時がたってしまった。
 繰り返しにあなることも多いであろうが、おゆるしいただきたい。私は非力ながら、新憲法草案を繰り返し検討し、憲法について勉強し、考えてもきた。素人であるが、憲法をかえるとなると、国民投票する主体となるので、そのときは素人とか玄人とか言っていられないのである。だから、憲法の勉強と新憲法草案の検討は私にとって、自分に課せられた義務と思われたのである。私は、戦後3年目に生まれたもので、現在の日本国憲法のもとに生きてきた。それでも学校で憲法のことをちゃんと教えてもらったことがない。憲法が変えられそうだということで急いで勉強し始めたというところである。おそらく日本国中で今その作業がされているのでhないか。そのことはよいことだと思う。

 さて、新憲法草案に取り組むうちに、私は次第に人権条項に新憲法草案が手をつけようとしていることの重大さに気付くようになった。

 実は、前々から、「国体」というものについてちゃんと勉強しなければならないと思っていた。この「国体」は「国民体育大会」のことではない。国の国たる本体というべきものである。もっとはっきりいうなら、日本で、「国体」と言えば、天皇制のことをさいていた一時代があったのである。それが特に強調されていたのは、明治以降、先の大戦の敗戦までである。

 この「国体」の精神が、新憲法草案にはうかがえるということである。それは「公益と公の秩序」という言葉として入っている。

 私は、新憲法草案を検討しているうちに、大日本帝国憲法を読み直さざるをえなかったし、そのために伊藤博文の「憲法義解」まで読んだ。これは岩波文庫に入っている。
 それから、私は、インターネットで検索して、「国体の本義」の全文を読むことができた。現代文にしたものを読んだのだが、これは、新憲法草案を検討し始めてもっとも興奮した経験となった。ここから読めば、自民党の新憲法草案の解読ができると思ったのである。
 「国体の本義」というのは、あの美濃部達吉の「国体明徴事件」の次の年、文部省から出されたものである。私は、これを実際に読む前に、この「国体の本義」が敵と名指ししているのが、共産主義だという先入観をもっていた。しかし、そうではなかったのである。この「国体の本義」が出されたときは、既に共産党は壊滅的であって、治安維持法の矛先は次第に他の人々に向けられようとしていたのである。

 「国体の本義」が敵として名指したのは、何であったか。それがまさに「個人主義」だったのである。「国体」の思想と現行憲法13条の「すべて国民は個人として尊重される。」は、全く水と油なのである。13条は、熟考してみると、天皇制と相容れないのではないか。あくまで天皇制を維持し、強化しようとしている新憲法草案は、個人主義を骨抜きにしようとして、「公共の福祉に反しない限り」を「公益及び公の秩序に反しない限り」としようとしているのではないか。
 そう解釈すると、事は重大である。ここで全体主義国家への道が開かれようとしているのである。実は、このことは昨年の教育基本法の改正、もちろん改悪であるが、で既にかなり進められてしまったことである。
 9条の改悪も極めて重大だけれど、この13条の改悪もそれにまさるとも劣らないものに思われる。これは国民主権を間接的に崩すことにもなる。なぜなら、天皇制が強化されるところでは、国民主権もおかされてくるのはことの道理というものである。
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# by reodaisuki1s | 2007-08-27 12:06  

新憲法草案注解 (個人の尊重等)第十三条 Ⅰ

 この13条の問題は、基本的に12条と同じであるが、読者には、新憲法草案には(個人の尊重等)とあることに注意をうながしたい。(個人の尊重)ではない。(個人の尊重等)とある。現行の憲法13条になにか標題をつけるとしたら、(個人の尊重)であろう。(等)をつけくわえることによって、(個人の尊重)を骨抜きにしようとしているのである。

案の十三条はこうである。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

現行憲法ではこうである。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉び反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 現行憲法で「公共の福祉に反しない限り」となっているところが、「公益及び公の秩序に反しない限り」となっているところの問題については、一年前の4月に「そうはちのコラム」の最後で論じたが、次回、別の面から論じてみたい。
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# by reodaisuki1s | 2007-08-09 20:04  

そうはちのコラム、再開のご挨拶

 そうはちのコラムを中断してから、かなりの時間がたちました。それでブログの登録が取り消されていました。
 その間、なにもしていなかったわけではありません。いくつか講演さえしていました。
 今回、参議院の選挙の結果、自民党が惨敗したので、憲法「改正」は遠のいたように思われますが、油断はできません。それで、少し、身辺が落ち着いてきたこともあって、「そうはちのコラム」を「そうはちのコラム2」として再開したいと思っています。
 前回は、自民党の新憲法草案を12条まで扱いました。その後の条項で大事だと思われるところを取り扱い、その後、超党派でだされた「新憲法大綱案」について検討する予定です。よろしくお願いいたします。実は、この場は、自分なりに勉強したり、考える場所にさせていただいています。ここでまとめたものを他のところで発表させていただくという作業の場所にもさせていただいているのです。またよろしくお願いいたします。
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# by reodaisuki1s | 2007-08-08 14:43