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新憲法草案注解 第二十条(信教の自由)Ⅱ

 現行憲法ニ十条が、九条と強いつながりを持っているのは、1945年の敗戦時、日本に進駐してきた、連合軍GHQが、10月にいわゆる神道指令というものを出して、国家神道を解体していることから明らかである。この神道指令が今日の、第二十条、八十九条のもとなのである。これは、アメリカで日本の敗戦後、日本が再び戦争しないようにするためには、国家神道を解体する必要があると考えられていたせいである。
 私は、このアメリカの研究者たちの見解はただしかったと思う。わたしは、戦争を阻止したいので、そのことからも、現在の第二十条を堅持したい。
 そして、第二十条は、全体主義に抗する闘いの橋頭堡なのである。天皇制全体主義と軍隊によって、戦争は遂行され、人権侵害がなされた。
 9条と20条が同時にかえられようとしているのは決して偶然ではない。それは一つの車の両輪なのである。天皇制全体主義国家という、一つの車の。

 ついでに言っておくと、戦前と戦後、神社は宗教ではない、儀礼だという論理で、神社非宗教論が唱えられた。これこそ、神道を特別扱いして、国家神道を可能ならしめる論理なのである。ちゃんとものを考える人なら、こんな論理には誤魔化されないであろうが、誤魔化される人もいるのである。そこに権力はつけこんでくる。だまされないようにしたい。

 なお20条に関連する89条にも手がつけられたいる。

 もうひとつ言えば、19条に手をつけず、20条に手をつけたということが注目される。「信教の自由」を制限した後に、「思想の自由」を奪おうという算段であろう。
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by reodaisuki1s | 2007-08-30 17:39  

新憲法草案注解  第二十条(信教の自由)

20条については重大な変更が企てられている。9条に匹敵する変更、改悪である。

現行憲法 第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、   国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 ② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
 ③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

案  ①項②項は同じ。
 3 国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的儀礼の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行なってはならない。

 わかりにくいので、細かいところを除いて、本質的なところだけを論ずる。問題は「社会的儀礼又は習俗的儀礼の範囲を超える」ことがなければ、国や公共団体が宗教的教育、活動がゆるされるとしていることである。これは、「政教分離」を骨抜きにし、「信教の自由」を侵してもいいとするものである。これは、いわゆる「靖国問題」に関わるところである。戦争の問題に一度でも真剣に取り組んだことなある人なら、靖国神社を中心とする「国家神道」なるものが、戦争遂行にいかに重要な役割を果たしたか知っている。神社は「習俗」であり「儀礼」であるとする論理は、戦前から猛威をふるっていた。このことによって、「個」が犯され、信教の自由も思想信条の自由も侵されたのである。戦後もなお、靖国神社を国家護持しようとする法案が数度にわたって、国会に提出された歴史がある。そのときには、民主的な勢力の力が強く、戦争の記憶もなまなましかったので、この法案はついに廃案となって久しいのである。この道が突破困難だと見なした人々は首相の靖国公式参拝を目指し、その常態化でもって突破口を開こうとした。小泉前首相のとき、戦犯合祀のことも含めて、このことが大きくクローズ・アップされた。
 近代の日本の歴史は天皇制により、個を抑圧し、全体の中に埋没させ、侵略戦争を前進させたのである。天皇制と国家神道と軍隊は一体になって、あの日清戦争以来の戦争を遂行してきたのである。
 第20条は平和のために必要なものである。それは一人の個人にとってもそうであるし、日本全体にとってもそうである。ここは、一つの生命線であって、ここがかえられると日本の社会は全体主義に向かって、急転落していくことになるだろう。一般的に理解されないところであるが、極めて重要なところである。改悪させてはならない。
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by reodaisuki1s | 2007-08-30 00:30 | 憲法「改正」問題  

新憲法草案注解  第十九条(思想及び良心の自由)

現行の第十九条はこうである。

 第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 これを、(個人情報の保護)を加えて二項にしている。以下のごとくである。

(思想及び良心の自由)
第十九条 思想及び良心の自由は、侵してはならない。

(個人情報の保護等)
第十九条のニ 何人も、自己に関する情報を不当に取得され、保有され、又は利用されない。
2 通信の秘密は、侵してはならない。


 この二つを較べてみて、奇異の念をおぼえるのは、なぜ第十九条に(個人情報の保護等)を入れるのか、ということである。むしろ第二十一条の表現の自由のところに入れるべきではないか。これが入ったため、本来の思想信条の自由の印象が弱められてしまっているのである。個人情報の保護については、憲法にまで記載しなくてもよく、法律で十分ではないか。憲法の概念が起草者たちに明確でないのではないか。「通信の秘密は、これを侵してはならない。」は現行憲法では第二十一条②項にあるのであって、これを第十九条にもってくるのは無用な混乱をおこすことにならないか。

 現行憲法の第十九条は、先の大戦の痛烈な反省によっている。治安維持法は、まさに「思想及び良心の自由」を遠慮会釈もなく侵したのである。特に共産主義や無政府主義、自由主義、さらには宗教に対しても、暴虐の限りを尽くした。日本の敗戦時、三千人の思想犯が牢獄に入れられていたという。この歴史的事実を軽んじている姿勢が、ここにも現れている。
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by reodaisuki1s | 2007-08-28 11:10  

新憲法草案注解 第十八条(奴隷的拘束及び苦役からの自由)

第十八条 については、( )の説明がついているほか、現行憲法が一条にしているところを、第十六条と同じく、二つの項に分けている。

現行  第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

 案 (奴隷的拘束及び苦役からの自由)第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。
 2 何人も、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

 気をつけてみると、「犯罪に因る」を「犯罪による」とかえたりしている。どうも、この草案を書いた人たちは一字一句でも、現行憲法をかえたいらしい。
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by reodaisuki1s | 2007-08-27 18:45 | 憲法「改正」問題  

新憲法草案注解  第十七条(国等に対する賠償請求権)

この第17条については、()の説明がついたほかは、一字の変更もない。
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by reodaisuki1s | 2007-08-27 18:33 | 憲法「改正」問題  

新憲法草案注解  第十六条(請願をする権利)

第十六条については、たいした問題ではないかとも思われるが、なにか、狙いがあるのではないだろうか。まず、現行憲法を書き出してみる。

第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

 これを案では、二つの項に分けている。

 (請願をする権利)
第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願をする権利を有する。

2 請願をした者は、そのためにいかなる差別待遇も受けない。
 
 確かに、現行憲法の文章は少しごたごたしているかもしれない。項目を二つにわけたのはわかりやすくするためだったのであろうか。わたしにはよくわからない。何か、ここに意図があると思われる方は是非おしえていただきたい。
 
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by reodaisuki1s | 2007-08-27 18:27  

新憲法草案 第十五条(公務員の選定及び罷免に関する権利等)

第十五条については、かな使いのほか、内容には変更なし。(公務員の云々)の標題が付け加えられた。
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by reodaisuki1s | 2007-08-27 18:11 | 憲法「改正」問題  

新憲法草案 第十四条(法の下の平等)

 現行憲法の第十四条はこうである。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

2項、3項省略

 これを、新憲法草案では、このようにした。

 (法の下の平等)
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別,障害の有無、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

2項、3項省略

 何がかわったかというと、案では「障害の有無」という言葉が入ったことである。しかし、これが入っていなくても、現行の憲法でもそれは当然であろう。問題は、こういう提案をしている自民党が既に、障害者自立支援法という悪法を通してしまっていることで、自民党が障害者のことを本当によく考えているとは言えないことである。私はある軽費老人ホームの施設長とよく話す機会があったが、今や「福祉」は死語になっているという。そして障害者のひとたち自身から、障害者自立支援法がいかに障害者を苦しめることになっているか聞いている。

 そうした声を聞いている者としては、新憲法草案に「障害の有無」という言葉を入れてみせているのは、見せかけとし顔も思えないのである。ここを読んで、新憲法草案にもいいところがあると思ってしまうなら、見事、自民党の術策に陥ったということになろう。人のいい人たちがだまされないように願っている。
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by reodaisuki1s | 2007-08-27 17:26  

新憲法草案注解  第十三条 Ⅲ

 第十三条Ⅱで書いたことであるが、個人の基本的人権を国家権力から守るというのが、近代憲法の基本精神である。これがいわゆる立憲主義である。

 この立憲主義という言葉を使って言えば、今回の新憲法草案は、立憲主義と平和主義から脱却を目指したものだと言えよう。安倍晋三総理大臣の、「戦後レジュームからの脱却」というのは、「立憲主義と平和主義から脱却して、美しい国日本へ」ということであろう。この「立憲主義の否定」ということは、憲法の改正要件のところにも出ている。

 現行憲法の97条では、衆議院でも参議院でも三分の二以上の賛成がなければ、憲法改正の発議ができないのであるが、それを過半数でできるようにしようとしているのは、憲法の重みを認めようとしないもので、これも立憲主義を軽んじている現われであろう。13条は現行憲法の要と言えるようなところであるから、詳しい論述が必要かもしれないが、我々の取り組んでいるのは、自民党の案なのであるから、その問題点を指摘するにとどめよう。あるべき憲法の提案はここではしない。個人的には、現行憲法の1条から8条までの第1章 天皇 のところを削除したら一番いいと思う。しかし、大方の日本人はそこまで進もうとはしていない。日本人の思想的弱点はここにあると思われ、徹底した思想が生まれないのも一つにはここに原因があるであろう。
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by reodaisuki1s | 2007-08-27 17:06  

新憲法草案注解  第十三条 Ⅱ

 前回、入力してからだいぶ日時がたってしまった。
 繰り返しにあなることも多いであろうが、おゆるしいただきたい。私は非力ながら、新憲法草案を繰り返し検討し、憲法について勉強し、考えてもきた。素人であるが、憲法をかえるとなると、国民投票する主体となるので、そのときは素人とか玄人とか言っていられないのである。だから、憲法の勉強と新憲法草案の検討は私にとって、自分に課せられた義務と思われたのである。私は、戦後3年目に生まれたもので、現在の日本国憲法のもとに生きてきた。それでも学校で憲法のことをちゃんと教えてもらったことがない。憲法が変えられそうだということで急いで勉強し始めたというところである。おそらく日本国中で今その作業がされているのでhないか。そのことはよいことだと思う。

 さて、新憲法草案に取り組むうちに、私は次第に人権条項に新憲法草案が手をつけようとしていることの重大さに気付くようになった。

 実は、前々から、「国体」というものについてちゃんと勉強しなければならないと思っていた。この「国体」は「国民体育大会」のことではない。国の国たる本体というべきものである。もっとはっきりいうなら、日本で、「国体」と言えば、天皇制のことをさいていた一時代があったのである。それが特に強調されていたのは、明治以降、先の大戦の敗戦までである。

 この「国体」の精神が、新憲法草案にはうかがえるということである。それは「公益と公の秩序」という言葉として入っている。

 私は、新憲法草案を検討しているうちに、大日本帝国憲法を読み直さざるをえなかったし、そのために伊藤博文の「憲法義解」まで読んだ。これは岩波文庫に入っている。
 それから、私は、インターネットで検索して、「国体の本義」の全文を読むことができた。現代文にしたものを読んだのだが、これは、新憲法草案を検討し始めてもっとも興奮した経験となった。ここから読めば、自民党の新憲法草案の解読ができると思ったのである。
 「国体の本義」というのは、あの美濃部達吉の「国体明徴事件」の次の年、文部省から出されたものである。私は、これを実際に読む前に、この「国体の本義」が敵と名指ししているのが、共産主義だという先入観をもっていた。しかし、そうではなかったのである。この「国体の本義」が出されたときは、既に共産党は壊滅的であって、治安維持法の矛先は次第に他の人々に向けられようとしていたのである。

 「国体の本義」が敵として名指したのは、何であったか。それがまさに「個人主義」だったのである。「国体」の思想と現行憲法13条の「すべて国民は個人として尊重される。」は、全く水と油なのである。13条は、熟考してみると、天皇制と相容れないのではないか。あくまで天皇制を維持し、強化しようとしている新憲法草案は、個人主義を骨抜きにしようとして、「公共の福祉に反しない限り」を「公益及び公の秩序に反しない限り」としようとしているのではないか。
 そう解釈すると、事は重大である。ここで全体主義国家への道が開かれようとしているのである。実は、このことは昨年の教育基本法の改正、もちろん改悪であるが、で既にかなり進められてしまったことである。
 9条の改悪も極めて重大だけれど、この13条の改悪もそれにまさるとも劣らないものに思われる。これは国民主権を間接的に崩すことにもなる。なぜなら、天皇制が強化されるところでは、国民主権もおかされてくるのはことの道理というものである。
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by reodaisuki1s | 2007-08-27 12:06